フェア島から戻ってくると、人口七千六百の首都ラーウイックが大都会に見え、少し身構えてしまいます。けれども人々の暖かさは同じで、心をすぐにほぐしてくれます。

「ここは本当に平和な所だから、夜に出歩いても大丈夫ですよ」と太鼓判を押したのは観光局に勤めるマクガースさん。滞在中、彼女は敏腕コーディネーターになってくれました。

 ラーウィックでの拠点となったアパートメントの家主であるアイリーンさんは、私に家の鍵を渡しながらこう言って微笑みました。

「でも、鍵をかける必要はないけれどね」

 そのアパートの横は小さな公園で、一人の女の子が毎日あそんでいました。いつもこちらを見ているようなのでリビングの窓越しに手招きすると、にこりと笑って部屋に遊びにきました。折り紙を教えて、紙風船やら菓子やらお土産をたくさん持たせました。翌朝、玄関のポストを覗くと、その女の子が描いた絵と、〈ありがとう〉というメッセージがはいっていました。

 あまり豊かではない懐でしたが、思い切ってレンタカーを借りました。英国なので右ハンドルです。けれどもウインカーのレバーは日本車の反対側にあり、雨でもないのに何度もワイパーを動かしてしまいました。ステアリングを握ってみて驚いたのは、「異国」という見えない薄い膜のようなものがなくなっていたことでした。まるで日本でドライブしているように、シェトランドの風景が私の心の中で日常になっていきました。

 

 4日ほどシェトランド中を走り回って車を返しにいきました。閉店時間の五分前には到着したのですが、レンタカー屋にはもう誰もいません。飛行場にある支店ならまだ誰かいるかも、と思い電話をかけました。

「閉店時間前なのに誰もいないんです」

「そりゃそうですよ、もうすぐ五時ですから」

「……エー、とにかくどうしたらいいですか?」

「ガソリンは満タンですよね」

「イエス」

「それなら郵便受けに鍵を放り込んでおいてください。ハイそうです、まったく問題ありません」