風が止まりました。揺れていた花も風のないことに気づき、動きを止めます。そしてまた花と風は動き始める。花が風を起こしていたらなあ、などと夢想してしまいました。
私は足もとまで目線を下げています。茶褐色のヒースに占領されている……それが第一印象だったのですが、よく見ると島の大地は小さく愛らしい花々で覆われていました。「木」と呼べるものがほとんどないこの土地に、風に倒されることなくスクッと立っています。小さいけれどもたくましく輝く命です。
フェア島の春は不意にやって来ました。私はカメラを片手に、小さな花の輝きを、永遠のものにしようとはりきります。
黄色や藤色の花が一面に咲いています。花を踏まないように大地に膝を突いてカメラを構えました。けれども風が花を揺らして邪魔をします。そんなときは、はしゃいでいる風でも眺めていましょう。
ふと視線を感じて振り返りました。すると暴れん坊羊がこちらを見つめています。体が大きく、一頭だけ紐に繋がれていることから、私がつけたあだ名です。善人かもしれないけど……。
風がおとなしくなり、春のひとかけらがカメラの中に納まりました。さあ、次の花へ。
あるお宅の庭先に小さな流れがありました。そのそばに、鮮やかな黄色のマーシュマリーゴールドが咲いていました。名前のとおり、湿地や沼、小川の縁に咲く、シェトランド諸島土着の花です。花弁の黄色と、深い緑色をした葉の対比が美しく、春の陽のなかでまぶしく感じました。
水の流れをまたいでマーシュマリーゴールドの写真を撮っていると、またもや視線が。顔をあげるとシープドックがこちらを見つめていました。少し空気の抜けたバレーボールをくわえ、尻尾を振っています。そしてトコトコとやって来て、私の目の前にボールをおとしました。ボールを投げると、弾むように飛び出し、口にくわえて戻ってきます。尻尾をもっと激しく振り、さらに輝いてきた瞳で私を見上げながら。
春の風といい、このシープドックといい、フェア島ではゆっくりと写真を撮らせてくれません。