木がほとんど生えていないシェトランドですが、島の地層に含まれている花粉を調べたところ、かつては樺やハシバミ、柳などで覆われていたことがわかっています。そして、数世紀に渡る農耕と牧畜によってそれらの森は破壊された、というのが通説です。 

“ほとんどない”というのは実は間違いで、強風と潮にさらされない場所を選んで植えられた針葉樹の林が数ヶ所あります。そのうち最も広いのは、カーゴードという所にある樹齢八十年の林です。二百mほどの並木道を歩けば、幹や枝葉の間をすり抜けてくる、木の匂いを含んださわやかな風が、肌を優しく撫でていきます。たぶん私以外の日本人にも、どうしようもなく懐かしい風でしょう。自然と気持が柔らかくなってきます。木の無いことが日常の人たちは、この風をどのように感じているのだろう、少なくとも「懐かしい」ではないのだろうな、と私は思いを巡らせました。

 

 ラーウイックから南へ車で三十分ほど走ると、ボーダムという集落に着きます。ここの、吹きさらしの牧草地にぽつんとあるのが、島の伝統的な農家を保存したクロフトハウス博物館。十九世紀のクロフター(小作人)の生活ぶりを見ることができます。

 

 石を積み重ねた厚い壁や、二箇所だけの、しかも小さな窓が、むき出しの土地に吹き付ける風の厳しさを物語っています。物腰の柔らかな館長に招かれて中に入ると、江戸時代の駕籠に足を四本つけたような木の箱がありました。それは当時のベットで、少しでも暖かく寝るためにそんな形になったとのこと。 

 

 白壁の居間には簡易的な小さな暖炉があり、そこでは薪の代わりにピート(泥炭)が燃えていました。独特の、甘いような香ばしい匂いとともに実にゆっくりと燃え、じんわりと体を温めてくれます。夏の間に大地から切り出して約三ヶ月間乾燥させ、冬に備えます。

 もしシェトランドが今も森で覆われていたなら、ここの生活文化はどうなっていたでしょう。シェトランドのセーターは、今のようなものになったでしょうか。