北極圏近くのフェア島の6月、沈まぬ夕日を眺めに岬へ。海から一気にそびえ上がる断崖の端に腰を下ろしました。周囲は、羊が短く刈り込んだ草原です。

 草原には、無数の巣穴が海に向けて口を開けていました。その穴から頭を出した野ウサギが、耳をピクピクと動かしながら、霞む水平線を見つめています。

 海鳥の喧騒が一段と大きくなってきました。遠い海上からパフィンが帰ってきたのです。  

 その顔やしぐさから、パフィンは「海の道化師」と呼ばれています。ラグビーボールのような体長30センチの体と短い羽で、ペンギンのように華麗に海中を泳いで、イカナゴなどの小魚を獲ります。でも,海での生活に適応したその羽で、空を飛ぶのは大変そうです。

 彼らは昼間は海上で餌をとり、夕方になると巣に戻ってきます。短い羽を一生けんめい羽ばたかせながら、次から次へと大地に落っこちてくるという、なんとも騒がしい帰宅です。着地するやポテッとつまずき,ころりと転がっているものもいます。 

 水平線をかすめるように横に動く太陽は、夕暮れの時間と、すべての影を長く延ばしていきます。

 逆光のなか、パフィンと野ウサギのシルエットが仲良く寄り添っていました。まるで古くからの友人のよう。パフィンの巣は、草地に掘られた奥行き約1メートルの横穴です。もちろん自分でも巣を掘りますが、空家になった野ウサギの巣も利用するのです。

 巣穴に帰っても、この時期のパフィンには大切な仕事が残っています。今は繁殖期。卵を温めるため、柔らかで暖かいベットを作らなければなりません。落ちている羽根や草や羊毛を嘴で拾い、巣穴に運び込んでいきます。黒いマントを羽織ったような姿で、羽根を横っちょにくわえているパフィンは、木枯し紋次郎を連想させました。夕日を眺める姿は哀愁さえ漂います。

 パフィン古くからの島の住人です。そしてなくてはならない存在です。パフィンの落とす糞は、羊のご馳走になる草を育てます。そして羊は、もろい岬の土を踏み固め、パフィンの巣が崩れるのを防ぎます。生命の輪が、私の目の前にありました。