フェア島のメインロードは南北に約6㎞。ヒースの原野に消え入りそうな、車1台がやっと通れる幅しかない舗装路です。 

 私が滞在していた宿は、島のほぼ真中に位置する野鳥観測所ロッジでした。海鳥の群れを見に行くなら道を北に進み、雑貨屋など島の暮らしに触れたくなったら南へと歩いていきます。私はこの道を一日に何度往復したことでしょう。ゆっくりと丁寧に歩けば、小さな発見や楽しいことに必ず出会えました。 

 道の脇には野ウサギの巣穴がいくつもありました。遠くから眺めていると、野ウサギの親子がじゃれあって無邪気に跳ね回っているのがよく見えます。しかし困ったことに、この天真爛漫に遊んでいる野ウサギの近くを通らなければ前に進むことができません。驚かさないよう精一杯静かに歩いたのですが、それでも彼らはさっと巣穴に隠れてしまいました。けれども、母ウサギの耳はしっかり外に出ています。子ウサギは逃げ込んだ穴が小さすぎたのか、小さなお尻が収まりきれていません。丸いしっぽがピクピクと動いています。クスッと笑って私はまた歩き始めました。

 石づみの塀の影になった所にケワワタガモの巣がありました。いつそこを通ってもケワタガモの母親は卵を温めています。お母さんて大変だな、と思っていると「ブーンバサバサ」という羽音とともに頭上をかすめるものが。うっかり忘れていました、ケワタガモの巣の隣には、トウゾクカモメの巣もあったのです。巣に近づくものに彼らは容赦しません。急降下してきて頭を蹴飛ばそうします。なんとも野蛮ですが、それもケワタガモと同じ母性なのでしょう。 

 島の人が乗った車が、ガタガタとやってきました。互いに手を挙げて微笑みます。

 道のわきにポツリと、木でできた棚がありました。中を覗くと、形の違う容器に入った牛乳が数本置いてあります。容器には名前が書いてありました。無防備で、しかもちょっとうらやましいフェア島の牛乳屋さんです。そばを通るたびにチラリと見て、「誰のが残っているのかな」と思うのが私の日課のようなものになりました。